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大阪地方裁判所 昭和36年(わ)1999号 判決

被告人 千葉金男

昭二・八・三生 時計宝石商

黒木重雄

昭一二・二・一四生 店員

主文

被告人千葉金男を罰金三十万円に、

同  黒木重雄を罰金七万円に、

各処する。

右罰金を完納できないときは、被告人千葉金男に対しては、金一千円を、被告人黒木重雄に対しては、金五百円を各一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

押収してあるわいせつ八ミリ白黒フイルム十六巻(昭和三七年押第一七二号の一乃至六、同号の九、一〇)は、いずれも被告人千葉金男からこれを没収する。

被告人千葉金男に対する本件公訴事実中、弁護士法違反の点は、無罪。

理由

(罪となるべき事実)(省略)

(被告人千葉金男の弁護士違反の訴因に対する判断)

右公訴事実の要旨は「被告人千葉金男は、分離前の相被告人狩谷純助と共謀のうえ、弁護士でもなく又法定の除外事由がないのに、報酬を得る目的をもつて昭和三十五年九月中旬頃荒井守から同人の鵜川勇に対する債権八十六万円の取立の委任を受け、同年同月下旬頃三回にわたり大阪市東区唐物町二丁目四番地ノーブル化粧料本舗外一ヶ所において、右鵜川勇より金三十五万円の取立をなして法律事務を取扱つたものである。」というにある。

(一)  そこで、先ず、弁護士法第七十二条第一項本文の解釈について、当裁判所の見解を明らかにする。おもうに、同条は事件関係者の個人的法益と併せ社会共同生活の秩序を保持するという公共的法益を擁護するため、いわゆる三百的業務を禁止することを目的とするものであつて、如何なる場合でも、非弁護士が法律事務を取扱うことを一律に処罰の対象としているものでないことは多言を要しない。すなわち社会生活の基盤をなす相互の協力扶助という立場から、事件本人の親族、縁故者、被雇者等親交のある第三者(非弁護士)が、本人の依頼に基き、その利益と立場を尊重しながら諸種の紛議に関与し、その結果、公正妥当な解決方法を見出している事例もまた少くない。この場合に、たまたま本人が右第三者の尽力に感謝しその利益を独占しないで、これに対して報酬を与え、第三者が受任当初よりこれを期待していたとしても、他の法条に抵触する場合は格別、未だ個人的及び公共的法益を侵害するものとは言えない。しかしながら、ひとたび、右のような法律事務の取扱行為が、職業化され営利性を帯びてくるときは、右に述べた事件関係者及び社会公共の利益は忘却され、もつぱら営業上の利潤を継続追求することが主眼となつて諸々の弊害を生じ、ひいては、これらの者の事件介入が障碍となつて、弁護士の使命である社会正義の実現は著しく困難となることが予想されるのでこれを規制対象としなければならない。このように前示法条における法益保護の目的等に着目すれば、弁護士法第七十二条第一項本文に列記された行為は、報酬を得る目的及び業という二つの特別構成要件を充足した場合にはじめて違法性を帯びるものと解せられる。従つて、同法第七十二条の違反行為は、非弁護士が報酬を得る目的をもつて、業として同条列記の行為をなすことによつて成立するものと解するのが相当である。((同解釈を前提としてなされた判決例としては、福岡高裁28・3・30、特報26号・仙台高裁秋田支部29・2・16、特報36号・最高裁34・12・5、第二小法廷決定例集13巻12号参照、なお、旧法(法律事務取扱の取締に関する法律)下のものとしては、大阪高裁25・2・9特報6号参照))これに対し、弁護士法第七十二条第一項本文前段の罪が成立するには、報酬をうる目的があれば足り、業とすることは要しないとの見解がある。(同旨の判決例としては、東京高裁34・12・8、例集12巻10号参照)しかしながら、右の解釈は法規の形式的な文理にとらわれた解釈というべきであり、前掲法意に照し、到底これに左袒できないのみならず、右の見解を一貫するときは、いずれも報酬を得る目的がなく、法律事務の取扱を業としたものは罪とならないのに反しこれらの周旋を業としたものは処罰の対象とされるというような不合理な解釈をしなければならない。なるほど弁護士法第七十二条第一項本文の前段及び後段の文脈からは、右両者が「又は」をさかいとして区別されているようにも読み取れ、前段の文章が後段の「これらの周旋をすること」以下につながるのか、「これらの周旋をすることを業とすること」以下につながるのか、まぎらわしい文体になつているけれども、現行弁護士法の立法経過(本法審議に際しての衆議院議員鍛治良作の発言、内容、官報号外24・5・10参議院法務委員会議事録14号参照)に鑑み、同法第七十二条が旧法である法律事務取扱の取締に関する法律第一条をそのまま踏襲したもので、(ただ新法は旧法の規定を文語体より、口語体に改め、「その他の法律事務を取扱い」なる文言を加入し、その取扱行為の範囲につき多少弾力性をもたせたに過ぎない。)右旧法は、その特別構成要件として報酬をうる目的及び業の二つを明規しているものであることは、その文理に徴しても明白であり、新法は口語体として句読点の配列が拙劣なため不分明な規定になつているが、この種、刑罰法規中、特に構成要件的規定の解釈は罪刑法定主義の見地からも厳格になされなければならないこと等を併考すれば、当裁判所の前示解釈を妥当なものと考える。

(二)  よつて、これを本件について考えるに、被告人千葉金男の当公判廷における供述、同被告人の検察官に対する昭和三十六年五月十二日付、同月二十日付各供述調書、狩谷純助の検察官(同年五月十二日付、同月二十日付)及び司法警察員(同年五月二日付、同月九日付)に対する各供述調書、証人荒井守の当公判廷における供述、鵜川勇の検察官に対する供述調書、荒井守の司法警察員に対する同年四月十九日付、同年五月一六日付各供述調書を総合すれば、被告人千葉金男は、ともに弁護士の資格を有しない分離前の相被告人狩谷純助と相謀り、報酬を得る目的で、昭和三十五年九月中旬頃かねて知友の間柄にある荒井守から債権八十六万円(当該債務者は鵜川勇)の取立委任をうけ、右債務者から公訴事実掲記のように合計金三十五万円の取立をしたことが認められ、右の取立行為は、弁護士法第七十二条所定の法律事務を取扱つた場合に該当するものといわねばならないけれども、右所為は単一の取立委任事務の処理であつて、当該行為の外形的事実自体から業としてなされたものとは即断できず、更に右所為が被告人等の反復継続の意思の下にされたとの点については、これを認めるに足る的確な証拠がないから、被告人の本件所為は、業としてなされたものでないと認める外はない。

従つて、右所為は、弁護士法第七十二条第一項本文の構成要件を欠如し、罪とならないから、刑事訴訟法第三百三十六条を適用して、無罪の言渡をした次第である。

よつて、主文掲記のとおり判決する。

(裁判官 大西一夫)

(別紙略)

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